■蜩亭

蜩亭は、四万十市の郊外、安並にある簡素な木造建築の庵です。庵主は、四万十川の文化人、小谷貞広さん。四万十川に程近い、この庵で、小谷さんは短歌三昧の生活をしています。

小谷さんは平成9年の「歌会始」に入選。全国的にも良く知られた歌人です。
これまで、短歌のほか、俳句、川柳、写真でも素晴らしい作品を発表しており、毎年四万十市で開催されている「四万十川短歌全国大会」の発起人のおひとりです。また、インターネットの世界(バーチャル)で開催中の「四万十川百人一首」の監修者でもあります。
歌集は第1歌集『青き流れ』から第5歌集『うたたか』まで刊行しています。また、写真集『ゆく河の流れ』は、昭和30年代から40年代にかけての四万十川及び中村市(現四万十市)の風景が映し出されており、記録写真としても貴重な映像となっています。
ブログ:四万十川の文化人「小谷貞広」では、その写真と短歌を、ご自身の、あるいは小谷さんを知る友人・知人からのコメントを添えて、ご紹介します。
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四万十川短歌大会◆
四万十川百人一首◆小谷貞広の【
四万十川百人一首】
■歌集・写真集
◆第1歌集『青き流れ』

見せるもの何もなければ四万十の
青き流れの川見てもらう
■小谷貞広という人は・・・

人間は一人一人性情も容貌も、なにからなにまで違っている筈である。にもかかわらず同型、類型の人たちがふえて来ている。歌もまた然りといえよう。
小谷貞広という人は、いつの間にか、いかにもこの人らしさというものを、身につけて来ているように思われる。
歌は比較的に階調である。それだけ読み易く、人の心を刺すようなものはない。沈思黙考型ではなく、どちらかといえば行動派、実行派、といってよいであろうか。
歌集には、時々人をすこし、くすぐるような歌も交えてある。それは文学臭といったものではなく、もっと生活的なもので、日常生活の中で捉える小谷的特色と言ってよいのかもしれない。
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◆第2歌集『蜩亭』

今晩もまたたのむぜよと
力さんは申して蜩亭に泊まりぬ
■力さん

前高知県知事の中内力さんも中村へ来た時は必ずといってよい程「又、世話になるぜよ」と言って泊まってもらったし、歌人では加藤克巳さん、赤木健介さん、鈴鹿俊子さん達にも泊まっていただいた楽しい思い出もある。
私も今は古希もとっくに過ぎた齢。
これからの残生を少しでも意義あるようにと思い、自宅から自転車で15分程の所だから、毎日午前中ここに来て庭の草ひきをしたり、庭木の手入れをしたり,又贈られてくる歌集を見ては何か佳い歌の一つも出来ないものかと考えている。
【写真】蜩亭の小谷さん
■歌集・写真集
◆第3歌集『霧の朝』

霧深し児ら姿をたしかめて
朝の渡しのともづなを解く
■人生はすべて、運鈍根・・・

俳句界の巨匠金子兜太さんに、四万十川においでいただきました。1日足摺岬への、お供をさしてもらったことでしたが、その時、金子さんが、人生はすべて「運鈍根」ですよ、と申されたのが、今でも耳に残っています。
歌会始の選歌に私の歌がたまたまえらばれたのも、鈍根はべつとして、運一つではなかったのではないでしょうか。まあ、これを記念ということにして、歌集(第3歌集『霧の朝』)を作ることにしました。
とは申しても何時ものように私の歌は、何もかもを思いつくままに詠んだ我楽多のような歌ばかりです。お暇なときにでも見て頂ければ・・・・。
いつの間にか、四万十川の霧も流れて、うっすらと彼岸が見えてまいりました。
急がなくては・・・。
【歌碑】
平成九年歌会始入選歌碑(桜づつみ公園/四万十市)
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◆第4歌集『薮柑子』

裏山の泉のほとり薮柑子の
密と灯のごとき円実(つぶらみ)
■老人の居場所

歳をとると、所謂老人の居場所は、山小屋の縁側にでもごろりと横になって、裏山で鳴く蜩の声でも聞きながら、庭に咲く花でも見ておればと思っていたのだが、これはどうやら私の見こみ違いであったような気がする。
老えば老いたで楽しいことよりもむしろ煩わしいことの方が多く、身のおきどころ、即ち自分の居場所に神経が疲れてくる。併しそれでも人は、命のあるかぎり生きてゆかねばならぬ。その生きることがまた大変だ。
木漏日のさす泉のほとりに、ひっそりと小さな真赤な実をつけている薮柑子、それは私自身の姿かもしれない。
■歌集・写真集
◆第5歌集『うたかた』

四万十川の青き流れを見ておりぬ
あれはたしかに鴨長明
■山峡の一軒家
土佐の小京都と言われる、この中村の商店街、天神橋から老いの二人が、俗称「蜩亭」という山峡の一軒家に引っ越して来た。市役所の住所録には、中村市(四万十市)大字安並字エヒタノ奥とある。郵便も最終配達区か、4時過ぎか5時頃となる。

30坪程の庭があり、四季おりおりの花は咲くし、何時も小鳥が来て遊ぶ。
老いの住家としては申し分のないように思われるが、中々齢には勝てず体力も気力も衰える一方。
せめて、30数余年つづけてきた短歌だけはと思うものの、出来るのは大方人生無情の老いの歌か、身近にただ一人いる老妻の歌か。
『ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶ、うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖とまたかくのごとし。』
第5歌集は、鴨長明の方丈記の文章をお借りした。
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◆小谷貞広・写真集 『ゆく河の流れ』

二人だけのフィルムに残す思い出も
カメラに仕舞いおく暗闇
【写真】ゆく河の流れ・小谷貞広写真集(昭和55年5月発行)
発行:小谷貞広写真集刊行会 印刷:中央印刷株式会社
■昭和30年頃・・・
この写真集の写真は、私が昭和30年頃から写したフィルム5万枚ぐらいの中から今では見る事の出来ない風景、行事、災害などの作品を抜粋したものです。
昭和30年頃と云えば敗戦後の日本がどうにか立ち直りを見せ、新しい国造りに向って高度経済成長を迎え、山は壊され田圃は埋めたてられて新しい道が、新しい街が造られていったのです。
天神山は掘り取られて市役所が建ち、下田の地引はろくろが発動機に変り、それも間も無く終ってしまい、青い流れの四万十川は夏の子供達の最良の遊び場でしたが、それもやがて汚され、今では子供達の姿も、ほとんど見る事が出来なくなりました。こうした古里の過ぎゆきの様をふりかえってみると胸の痛くなる様な気がします。
古里「中村市」、「四万十川」の長い歴史の一時期、一ページとして御覧いただければ幸と思います。
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[あの時・・・]
◆
昭和30年頃 昭和30年代初頭、川にはめだかやふなが泳ぎ、夏には蛍がいっぱい飛びました。竹のほうきで蛍を採り、蛍かごに入れました。手に蛍特有の匂いがいっぱいしました。
少年の小遣いは、月に10円がいいところでした。遠足のときの小遣いには最大20円との学校の決まりがありました。メンコやラムネ玉が遊び道具の中心でした。
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■ふるさと
◆四万十川

行く河の流れのごときわれの代も
あと海に出るまでのいっ時
【写真】四万十川鉄橋 30.6
(小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より)
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[四万十川の愛唱歌]
■
川の流れのように
知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道
振り返れば 遥か遠く 故郷(ふるさと)が見える
でこぼこ道や 曲がりくねった道
地図さえない それもまた人生
ああ 川の流れのように ゆるやかに
いくつも 時代は過ぎて
ああ 川の流れのように とめどなく
空が黄昏(たそがれ)に 染まるだけ
生きることは 旅すること 終わりのない この道
愛する人 そばに連れて 夢 探しながら
雨に降られて ぬかるんだ道でも
いつかは また 晴れる日が来るから
ああ 川の流れのように おだやかに
この身を まかせていたい
ああ 川の流れのように 移りゆく
季節 雪どけを待ちながら
ああ 川の流れのように おだやかに
この身を まかせていたい
ああ 川の流れのように いつまでも
青いせせらぎを 聞きながら
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[小谷貞広ワールド(1)]
■
ふるさと
・中村線(くろしお鉄道)
・赤鉄橋
・蜩亭
・小学校のせんだんの木
・沈下橋
・地引網
・村の祭り
・校歌
・良心市
・小京都
・火振り漁
・『三丁目の夕日』時代
・四万十川の春夏秋冬・1
・四万十川の春夏秋冬・2
・天神橋アーケード街
・蜘蛛合戦
・蜘蛛合戦・2
・蜘蛛合戦・3
・蜘蛛合戦・4
・なかむら踊り
・大相撲四万十川場所
・不破八幡宮大祭・
・大相撲四万十川場所・2
・大相撲四万十川場所・3
・大相撲四万十川場所・4
・大相撲四万十川場所・5
・後川橋
・四万十川の橋
・四万十川の橋・2
・花遍路
・四万十川の歌碑
【写真】かかった凧<天神橋> 32.1
(小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より)
■かみさんの歌
◆原節子

若い頃原節子に似ていると
言われたと言う妻のその顔
【写真】およめいり<中村市手洗川>37.5
小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より
■美人妻・1
小谷さんの奥さんは、「忠子」さんといいます。お会いして、お話をしても上品で、物静かで、昔はさもありなん、と思わせるようなステキな「おばあさん」です。
今でも充分、原節子に似ている(もっとも、晩年の原節子を知りませんが・・)ことでしょうが、現代なら、さしずめ「吉永小百合に似ている」と言われたに違いありません。
忠子さんが「およめいり」したのは、昭和13年です。
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[小谷貞広ワールド(2)]
■
かみさんの歌
・菅井きん
・俳句
・ひとり
・良妻健忘
・こざかい
・こざかい・2
・婦唱夫随
・かみさん命
・焼酎
・内助の功
・内助の功2
・美人薄命
【写真】踊りの準備・西南病院の娘さん達
<開局90周年市民祭> 37.8
小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より
■短歌と俳句
◆四万十川を歩く

霧深し後ちびたる宿下駄をつっかけて朝の川端あるく
四万十の堤は長し草紅葉
【写真】鮎掛け<中村市不破> 36.11.16
小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より
■草紅葉
短歌は小谷さんですが、俳句は小谷さんの「かみさん」の作品です。お二人が、ご一緒にでしょうか、四万十川の堤を散歩している時に詠まれた短歌と俳句です。
秋に限りませんが、四万十川の赤鉄橋辺りでは、河原の雑草が一面に「茜色」に染まります。奥さんが「草紅葉」と表現した堤の色を「茜色」としましたが、本当は、この草の色をどのように表現すれば、ピッタリと言い表すことができるのか、「俳人」「歌人」の悩むところです。
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[小谷貞広ワールド(3)]
■
短歌と俳句
【写真】四万十川の堤防(四万十市不破) 撮影:小谷貞広
・四万十川を歩く・2
・長電話
・元旦の朝
・孫
・薮柑子
・老いの二人
・寒椿
・飛行機雲
・雲
・リフト
■小谷貞広・一人百首
◆鮎掛け
釣り上げし下りの鮎が舟板に
はねて残りの卵をこぼす
【写真】鮎掛け(小畑) 38.11.16
小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より
■愛すべき存在
川に棲む鮎も、漁で暮らす人々も、同じ生き物として、愛すべき存在なのである。そして自分にとっても、さまざまなこころを写すものとして、四万十川は在る。(沖ななも)
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[小谷貞広ワールド(4)]
■
小谷貞広・一人百首
・味とユーモア
・歌のベース
・いい景色といい人物
・テーマは四万十川
・素材の味わい
・方言を採り入れた歌
・生活信条
・坂本龍馬
・選挙とは・・・
・読みやすく・・・
・生涯を貫くもの・・・
・ただごと歌
・川の流れのように
・客観性
・青柿落ちし・・・
・益荒男歌
・歌は人を表す
・今日のひと日
・歌は人を表わす
・すぐ忘れる
・もらい柿
■四万十川新聞
◆「小谷貞広」…のなぜ?!

霧深し児らの姿をたしかめて
朝の渡しのともづなを解く
【写真】晩秋・学童の渡し(写真:岡村龍昇氏・筆:小谷貞広氏)
写団「四万十川」創立30周年記念写真集「自賛他賛」2006より
■学童の渡し(小谷貞広氏)
俳句、写真等も楽しむが…とりわけ「短歌」が好きな様である!
皇室の「歌会始」にも選ばれた事もあるほどの「達人」である!
「学童の渡し」の「渡し」とは・・・、
対岸の小学校へ通う、通学用の「スクール渡し舟」のことである!
今は「廃校」「廃船」となっているが、廃止寸前は「観光名物」でもあった!
(「四万十川新聞」より)
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[小谷貞広ワールド(5)]

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四万十川新聞・「小谷貞広」…のなぜ?!・2
・「小谷貞広」…のなぜ?!・3
・「小谷貞広」…のなぜ?!・4
・「小谷貞広」…のなぜ?!・5
・「小谷貞広」…のなぜ?!・6
・「小谷貞広」…のなぜ?!・7